インターナルストーリー

創業、そして波乱の幕開け 1998年

――時は1998年。
世の中では、やっとISDNが普及してきたばかり。
世紀末も間近い日本の片隅で、熱い想いに身を震わせ立ち上がる開発者たちがいました。

『世界で通用する高い価値を持ったソフトウェア商品を、この日本で開発したい』

決意を胸に石田(現代表)と、石田に深く共感したスタッフ達によって、
我らが株式会社インターナルはその歩みを力強く踏み出し始めたのです。

とは言え、創業当時の社員は、にわかには信じられないかもしれませんが――ほぼ全員が素人でした。
機材も何もない状態から始めたインターナルには、メーカー製のPCを買うお金もありません。
戦力も足りない、お金もない…でも、諦めたくはない。

石田を始め初期創業スタッフたちは力を合わせ部品を集めては自作PCを作り、
寝る間も惜しんで開発作業に従事し続けました。

連日会社に泊まりこんではレトルトカレーばかりを食べていたため、
管理会社から『カレー臭をどうにかしろ!』と怒られたことも今思えば懐かしい思い出です。

そして完成したインターナル製品第1作目…音声編集ソフト。
誰もが大ヒットを確信しました。こんなに良いソフトが他にあるか?いや、あるわけない。
初代インターナルが持てる総ての力を結束して創りあげた渾身の商品は――
全くと言っていいほど、売れませんでした。

店頭からは日に日に撤去され、流通からも返品は増えるばかり。
オフィスはダンボールと溜息で溢れ、反比例して給料やボーナスばかりが減っていく…。 ひとり、またひとり。
次々に辞めていく社員たちを引き止める術など、当時のインターナルにはあるはずがありませんでした。

半減した人数でそれでも完成させた、第2作目スクリーンセーバー作成ソフト。
苦しい状況の中、去っていく者たちの背中を見つめながら、それでも希望を捨てずに創ったソフト。

結果は惨敗。
インターナルはもう終わりだ… 誰ともなく、しかし誰もがそう思いました。
その時―――

『我々はあまりに自分中心で考えすぎてはいないか。自分たちが何を創りたいかじゃなくて、
お客様が何を必要としているのかを考えてみてはどうだろう…』
社員のひとりが呟いた一言。

そうです。インターナルに足りなかったもの、それはお客様の立場で考えるということでした。
知らず知らずのうちに、お客様が欲しいソフトではなく、
社員が作りたいソフトや作りやすいソフトの企画が通っていたのです。

この日を境に、インターナルでは全ての社員が常に
それはお客様のためになるのだろうか、お客様は喜ぶのだろうか』
ということを考えるようになりました。
インターナルの信条と言っても決して過言ではありません。
今も会議の時には必ず誰かが口にする言葉となっています。

世界初 MP3統合ソフト【 MP3 Studio Unreal 】 1998年

悩み抜いて完成させたこの商品、販売代理店の努力も相まってめでたく大ヒット商品として歴史を刻みました。
その販売数、シリーズで数十万本。 絶望の淵から力を合わせ立ち上がり完成させたソフトだけに、
社員全員が涙を流して喜びました。 しかし、これがいけなかったのです。

『MP3 Studio Unrealよりいいものを…』

どん底から一気に天までインターナルを押し上げたはずの【数十万本】の重みは日が経つにつれ社員たちに圧し掛かり、次の開発への妨げとなっていきました。

そう、プレッシャー。

MP3統合ソフトは着眼点こそ良かったものの、
開発作業は簡単すぎるもので技量のステップアップには繋がっていなかったのです。
バックアップソフト、デスクトップ改造ソフト…出せども出せども商品は悉く平凡な結果に終わり、
インターナルはスランプの波に飲み込まれていったのです。

大ヒット…そして提携解消 2002年

とうとう預金残高が尽きたインターナル…。

創業者らが半ばヤケクソで完成させた商品はADSL高速化ソフトでした。

これは現在インターナルの顔となっているNO.1商品【MPX】の原型となった商品ですが、
当時の社員たちがそんなことに気づいているはずはありません。

当時はネットシステムの開発が飛躍的に伸びているとは言えどもまだ発展段階であり、
回線も現在に比べて決して快適と言えるものではありませんでした。
インターネットへの好奇や関心が高まる中で、ホームページやデータファイルをスムーズに表示できない
イライラを解消してしまうこのADSL高速化ソフトは幅広い年齢層の方々に熱い支持を受け、
最終的には業界最大手の会社と販売代理契約を結び、なんと売り上げ百万本を達成!
インターナル始まって以来の快挙です。

しかし、この好調なセールスは同時にロイヤリティの分配などで販売代理店とのトラブルを産んでしまったのです。
結局その代理店とは円満に契約を解消し、インターナルはまたしても新しい道への一歩を踏み出すことになります。

より価値の高い商品を開発するため。 サービス水準を高めるため。
そして何よりも責任を持って技術サポートをご提供するために。

インターナルの選んだ道、それは完全自社販売自社サポート体制でした。

さらなる危機 2004年

力強く自社販売を開始したインターナル…しかし先行きは暗澹たるものでした。
インターナル始まって以来の危機が待ち受けていたのです。

この業界で、大型販売業者とトラブルを起こすことがどのような意味を持つのか…。
インターナルがその意味に気づき始めた頃には時既に遅く、
その揉め事が元でソフトウェアを販売しにくくなっていました。

先月もゼロ。今月もゼロ。 売り上げのないに等しい日々が続きます。
ついには預金残高までが底をつき、オフィスを構えていたオフィスビルからも立ち退きを宣告されました。
家賃が払えなかったのです。

しかし、それでもインターナル製品を支持してくださるお客様はいらっしゃいました。
スタッフたちの懸命な努力とお客様方の暖かいご支援に恵まれ経済的危機から脱し、
徐々に持ち直したインターナルはMPXやゴーストリプレイなどのヒット商品を産み出すこととなるのです。

今では順調に更なる成長への一途をたどっております。 ひとえに皆様のおかげです。

今後もお客様のご期待に応えられるよう社員一同業務に精励いたしますので、ご支援よろしくお願いいたします。